- 2006-01-07
- misc
もうこの話題、反応した時点で負けかなという気もしますが。
日本物理学会「ニセ科学」シンポジウム(slashdot.jp)
オカルト叩きというよりも、科学の仮面をかぶり一般社会に「科学」として認知されている事象を研究するということのようだ。その一例で提案主旨に「水に優しい言葉を かけると美しい結晶ができる」とする小学校の道徳教育の現場で使われるという事態が挙げられている。
これを見たときあまりに衝撃的な内容だったので、それって比喩的な意味合いでいってるのをニセ科学だと揚げ足取りしてるんじゃないの?という元ネタ養護的思想が最初は頭をよぎった。
でも、元ネタと思われる本のレビューを見たり、mixiのコミュを見てそういうわけではないということがわかってきたら、だんだん気分が悪くなってきた。僕がこの本を読むことはきっと無いだろうけど、これをニセ科学と分類することにすら腹が立つ。これがニセ科学なら「ミイラには15℃の体温があり、死んでいれば0℃になるはずであり、従ってミイラは生きている」(wikipedia)だってニセ科学だ。
なんか琵琶湖の水を言葉で綺麗にしようとしてるし、、、
何でこんなもの信じることができるのか、あるいは、これを信じることができる人と僕との間にあるものは何なのか、何でこういうのを見ると僕はこんなに気分が悪くなるのか。
「科学的根拠が無い」とか「いやそれでは夢が無さすぎる」とかいう軸で議論されがちだけど、それより「夢がありすぎる」ことが気持ち悪い。「愛」とか「感謝」とか中身の無い耳あたりのいいこといって救われた気になってんじゃねーよ。 どうも僕は、こういううすっぺらさに過敏に反応してしまう傾向があるのかもしれない。あと生涯「人生観がかわった」という言葉だけは口にしたくないと思っている。
愛とか感謝よりも、今日一日なにをできたかの方が僕にとっては重要だ。明日は洗濯をしよう。